心を育てること、それは必ず生きる力になる
あけましておめでとうございます。みなさん、楽しいお正月をすごされましたでしょうか?私も楽しい1週間を過ごし、読みたかった本もたくさん読めて、ゆっくりした時間を過ごしました。子ども達に会える今日がとても楽しみです。
毎年、その年の教室が終わってからスタッフ全員で子ども達におくる年賀状を選びながら、その時あったエピソードを話したり、子ども達一人ひとりの成長を振り返ります。全員の写真を選びますから、全員の子ども達のことをスタッフ皆で話せる大切な時間です。子ども達の姿を見ながら、私はこれからを生きるこの子達の為になにができるのだろうと考えました。


昨年は、世界で想像もしていなかったことがたくさんおこった1年でした。中でも池上彰さんの番組で見たシリアの内戦で、埃まみれで顔が血だらけになった5歳の男の子が呆然として救急車の椅子に座っていた映像。顔に手をやり、自分の手についた血に驚いていました。シリアの子ども達のおかれている現状がリアルに伝わる映像に胸がつまり、忘れることができません。「見なかったらよかった」そう思うくらいにずっと脳裏に焼き付いています。見なかったらよかった、そう思った時、子どもの時に読んだ一冊の本を思い出しました。戦争時代の家族と少年と一匹の犬との姿を描いた椋鳩十さんの“マヤの一生”です。私が自分で読んで、はじめて泣いたことを覚えている本です。心がおしつぶされるくらいに泣き、人の心がすさんでゆく時代があったことに深く傷ついた1冊でした。「読まなかったらよかった」そう思いました。だから、子ども達に“マヤの一生”をすすめることは躊躇することもありました。本をよく読む子は色んな登場人物や生き物たちの気持ちを考えるので、優しい子が多いです。また、想像力が育っているので物語の深いところまで思いをはせてしまいます。マヤの一生は、心の奥のもっと深いところからの涙を私がはじめて知った一冊でした。だからこそ特別な一冊として、長い時を経ても、初めて読んだときのことを思いだせるのです。このお正月にもう一度読み直し確信しました。椋鳩十さんの洞察力、そう生きた人にしかわからない生きとし生けるものへの畏敬の念、その底知れぬ感動の深さを、幼い時に知っていてもらいたいと思いました。受け入られる年齢はありますけれど、見なくてはいけない、読まなくてはいけない、心を育てないといけないと今、強く思います。それは必ず、生きる底力になります。

今、世界は、“グローバリズムからナショナリズムへ”“極右化する世界、トランプ現象”“保護主義、移民敗訴主義”とニュースでは言われています。強い指導者を求める時代となりました。戦争が起こる前の雰囲気を感じるという学者もいます。変化のスピードが速すぎ、また、二分化が進み、予想もつきません。これからの時代を生きてゆくのは、子ども達です。どんな時代もそうですが、親が生きた時代と子どもが生きる時代は違います。親の体験がそのまま子どもにいかされることとそうでないことがあります。私たちは自分の力や体験だけでは、子ども達を導くことはできません。是非、本の力を借りてください。言葉の力を借りて下さい。優れた作家が子ども達の感性の育ちに全責任をもって描かれた作品を紹介してゆきます。絵本の読み聞かせは浸透してきましたが、なかなか読書へとつながらないのには、理由があります。一つはそこに至るまでの絵本選び、絵本の質、それと量です。それについてはまた、詳しくお話ししますね。

スマホやSNS世界の影響もあるのかもしれませんが、今、人がとても浅い感情の中に生きているように思えてなりません。人間の思考が単純になってきているのではないか、深く考えることをやめてしまったのではないかと私も含めそう思います。そんな中“マヤの一生”は人間にはもっと深い感情があるはず、もっと深いところで思考する力があるということを思いださせてくれる1級の児童文学です。是非、お子さんへの読み聞かせで一緒に読んでみてください。



椋鳩十さんが、20年位前に、読み聞かせについて語った一文を紹介します。

子どもの心と読み聞かせ

私の経験から、幼い幼い日に、
母から楽しい物語を聞いたり、読んでもらったりするということは、
一生忘れることの出来ない、美しい思い出を子どもの心の中に植え込むことである。
美しい思い出の数々を持つということは、どのような境遇にあろうとも、
その人生の中に、明るい救いの灯として、輝くことであろう。
そしてまた、心の楽しみとともに子どもの心の中に植え込まれた母の声は、金の鈴のように、美しく、なつかしく、子どもの心の中で鳴り続けるのである。子どもとともに、美しく生き続けることである。
母が子どもに本を読んでやるということは、美しい思い出の贈り物をしたり、子どもの心の中に、母が永遠に生き続けるということだけではない。
母が子どもに本を読んでやる、ただ、それだけのことの中に、私は、人間にとって重要なことのさまざまなものが含まれていると思う。
母の読んでくれる物語で、涙を流して子どもが耳をかたむける時は、母も思わずぐっと涙ぐむであろうし、子どもが腹をかかえて笑う時は、母も思わずにっこりするにちがいない。
この瞬間は、母と子どもの心が、ぴったりと合っている時なのである。
こういうことの繰り返しによって、母と子の間に、心と心をつなぐ、崩れることのない橋がかけられるのである。…中略・・・このことは、人間疎外ということが原因とされている。人間疎外は、心の橋が崩れたことを意味している。人間疎外からの脱出は、まず家庭内の心の橋から始まる。こういう意味でも、読み聞かせということは大きな意味を持つ。
幼い幼い日から、本を読んでやるということは、子どもの心の豊かさにも大きく関係する。読んだり、聞いたり、見たりしたことの繰り返しが、人間の情緒、考え方、感じ方、ものの判断、生き方を決定するといわれている。
こう考えると、母の読み聞かせの繰り返しは、人間づくりの上に、欠かすことの出来ないほど重い意味を持つものであると、私は思うのである。
作家 椋鳩十



今年も子ども達がアトリエを自分の居場所だと思えるように、アトリエの時間が思いっきり自分を表現できる場となるように、スタッフ一同、全力をつくしてゆきます。子ども達の生きる力を信じましょう。今年もよろしくお願いいたします。

2017年1月①アトリエ講師 星野由香